国立大学法人東京学芸大学環境教育研究センターの取組

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 国立大学法人東京学芸大学の環境教育研究センターにある「教材植物園」は、武蔵野台地の里山景観をコンセプトに、環境教育に関わる様々な活動のフィールドとして活用されています。雑木林や池などの多様な生き物たちの環境を大切に守りながら、学生だけでなく、地域の方々にも広く親しんでもらえるよう、開かれた運営が行われています。
今回は、環境教育研究センターの教材植物園にて、学生への教育や研究、園の管理運営を担われている小柳准教授にお話を伺いました。

■環境教育に関する多彩な活動を支えるフィールド「教材植物園」
―教材植物園ではどのような授業を行っているのでしょうか。

教材植物園は、主に小学校教員免許取得を目指す環境教育専攻の学生たちをはじめ様々な専攻の学生たちの体験的な学びのためのフィールドになっています。例えば、「学校園の基礎と展開」という授業では、環境について理解を深めてもらうとともに、将来の教育現場で役立つ維持管理のノウハウを身につけてもらっています。具体的には、植物園の中にいかに里山のような豊かな環境を取り入れるかを議論したり、実際に生き物を観察したりと、環境づくりとその教材としての活用策に関する授業を行っています。
また、植物園を純粋な「自然体験の場」として活用する授業も行っており、学生たちが自然の中に身を置く直接的な体験を重視しながら、多角的な視点で環境教育を展開しています。

―より科学的なアプローチで行う授業もあるそうですね。

学生自らがフィールドに出て、樹木の直径を測ったり雲の観察を行ったりと、多種多様なデータを自分たちの手で取得する環境観測の授業も行っています。授業の中で得られた生きたデータをどのように環境教育に結びつけ活かしていくかを学生たちと議論しています。

―学生からの評判についてお聞かせください。

当初は「フィールドワークが多すぎるかな」と不安もありました。しかし、授業が進むにつれて学生からは「もっと外に出たい」という声が寄せらせました。本学は教育系の学生が多く、理系学部のように本格的な屋外調査を経験する機会が少ないため、野外に出ること自体が授業の大きな魅力となっています。
また、身近な自然の豊かさに気づく授業が好評です。例えば、植物園で双眼鏡を手に取るだけで実施できる鳥類調査では、学生たちは「身近にこんなに鳥がいるんだ!」と驚き、普段の生活でも「あの鳥は何だろう?」と思うようになるなど、学生の意識に変化が見られます。特別な道具がなくても自然と向き合える、そんな学生たちの気づきのきっかけになればうれしいです。

―教材植物園は、地域の方々にも親しまれているそうですね。

はい、地域の皆さんの大切な居場所になっています。以前から近隣の保育園に親しんでいただいており、天気の良い日には、お散歩コースとして日常的に子どもたちが遊びにきてくれています。また、正式な授業のカリキュラムとしてこの園を活用いただいている小学校もあります。毎年、水田での田植えから稲刈りまで、一連の体験学習を行うのが恒例です。最近では小金井市の「もくせい教室(学校以外の居場所として市が設置している教室)」の子どもたちが空いた時間や放課後に日常的に遊ぶ場にもなっています。今後も学生の学びの場であると同時に、地域の子どもたちが自然に触れ、のびのびと過ごせる貴重なフィールドであり続けたいと考えています。

―地域との連携はどのように生まれたのでしょうか。

教材植物園での地域との連携が生まれたのは、大学の法人化前後(2005年頃)であると聞いています。当時、地域で環境教育に携わる幾つかの団体から活動のフィールドに対する要望があり、環境教育研究センターとして協力することで、地域と連携した教育研究活動を推進するきっかけになればと、前任の木俣美樹男先生が主導で取り組みをはじめられました。その当時から継続している代表的な団体の1つが、小金井市環境基本条例に基づき設置された団体である小金井市環境市民会議による「田んぼの時間」です。参加者が1年を通じて水田での体験学習を行うのですが、最近では、もくせい教室の子どもたちも一緒に活動に参加するようになりました。これからも地域の方たちに愛される植物園でありたいと思います。

 

■持続可能な環境教育を支える、教材植物園の維持管理活動 
―広大な園内を維持するにあたって、大切にされている方針はありますか。

除草剤を一切使わないことを園内共通の方針としています。また、活動の場として積極的に活用するエリアがある一方で、たとえば昔の「屋敷林」に由来する常緑樹を中心とした樹林地ではあえて人の立ち入りを制限し、なるべく手を加えないようにしています。また、水田や畑は栽培することが主目的ですが、農薬に頼らず手間をかけて維持することで、結果として多様な生き物たちが集まる豊かな環境が保たれていると思います。

―園内では、どのような生き物の調査を行っているのでしょうか。

主に授業やゼミを通じて、草原や水辺に生息する両生類・トンボ類・チョウ類の3種を重点的にモニタリングしています。特にトンボ類やチョウ類は、学生たちが授業の一環として自らフィールドに出て、その生息状況を継続的に記録しています。 

―専門家の方々とも連携されているそうですね。

両生類に関しては、センターの専任教員である吉冨友恭教授が水辺環境の専門家を招いてオタマジャクシやカエルの観察会を毎年開催していますし、環境DNAを用いた分析をしたこともあります。
また、小金井市環境市民会議の「田んぼの時間」でも、外部の専門家を招いて夏と秋に観察記録を取っており、その貴重なデータも共有いただいています。こうして学生、専門家、地域が一体となってデータを蓄積していくことが、この豊かな環境を次世代へ繋ぐ礎になっていると思います。

 

■多様な活動の根底にある、教育・研究への「揺るぎない軸」
―地域や学生など多様な連携が進む中で、大切にされていることは何でしょうか。

多くの社会課題への貢献が求められる時代ですが、だからこそ一貫したコンセプトを崩さないことが重要だと考えています。私たちの活動の根底には、常に「教育と研究への活用」という大前提の軸があります。

―あらゆる取組が、その「軸」に紐づいているのですね。

植物園の環境を維持し続ける最大の目的は、環境教育と研究を支えることにあります。この本質的な役割を疎かにした取組は長続きしないと思います。多様な団体との連携にあたっても、この「教育研究という軸」をしっかりと保ち、守ることで、結果として持続可能なフィールド運営に繋がると思っています。

―環境教育の実践において、最も重要だと感じていることは何ですか?

まずは運営側である私たち教職員自身が、身近な自然に親しみ、その変化に気づくスタンスを持つことだと思います。今の時代、意識しなければ一歩も自然に触れずに一日を終えることができてしまいます。だからこそ、朝起きて雲の流れから天気をよんだり、自分と自然とのつながりを当たり前の日常として取り戻したりすることが、すべての出発点になると思います。

―その「気づき」が、具体的な教育プログラムにつながっていくのですね。

同じ秋でも一週間経てば園内を歩く感触が変わり、鳥の鳴き声にも新たな変化が感じられるかもしれない。そうした微細な変化に気づけないと、子供たちの福祉や教育に向けた新しいアイデアも生まれてこないのではないかと思います。
活用方法や目的を議論する前に、まずは自分たちがフィールドの豊かさを誰よりも楽しみ、その価値を肌で感じる。この感性さえあれば、驚きや発見に満ちた、豊かな心を育む学びを届けることができるはずです。

 

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