株式会社チームネットの取組
株式会社チームネットは、『環境共生』を追求したプロジェクトのプロデュースで定評のある会社です。その先駆けとなったのが「世田谷に森をつくって住もう」という呼びかけで2000年に完成した「経堂の杜」です。この「経堂の杜」はコーポラティブという事業手法で計画された12世帯が暮らす集合住宅で、屋敷林に囲まれた「みどり」の環境が住人同士の緩やかな人間関係を育み、豊かなコミュニティが醸成されています。
今回は樹齢100年を超えるケヤキの並木に囲まれた「経堂の杜」に伺い、ご自身もそこの住人として暮らしている代表取締役の甲斐さんにお話しを聞きました。
※コーポラティブハウス:居住を希望する人が集まって主体となり、全体をとりまとめるコーディネーター、建築家などの専門家とともに計画、建築に関わって造る集合住宅のこと。
■みどり豊かな住環境の実現
――「経堂の杜」では豊かな「みどり」が魅力的ですが、維持管理を含め、どのようにこの豊かな環境が実現されているのでしょうか。
都市部で豊かな「みどり」の環境を活かすためにはコミュニティを機能させて管理し、使いこなすことが重要だと考えています。ただ、そこには注意しなくてはならない点があります。それは、私たちは隣人との人間関係を実は「煩わしい」と意識しているということです。私たちは誰でも隣人とのトラブルを避けようとしますが、そのために隣人とある程度距離をおいてお付き合いするようにしている、という認識が「暮らしの場」における「コミュニティ」を考える上で重要だと思っています。
ではどうやって「経堂の杜」では豊かな「みどり」の環境を維持させているのかというと、それは「煩わしさ」を意識させずに「コミュニティ」を機能させるという仕掛けです。
「アフォーダンス」という心理学で使われる用語があります。これは、人は自分の意思に従って自分の「行為」を決めるのではなく、環境的な要因が人の「行為」を決めているという考え方です。たとえば、庭があってもそこが気持ち良い空間でなければそこでくつろぐ人はいないでしょうが、そこが緑陰に包まれた心地のいい場所で、素敵な風景の中にベンチがあったら、誰もがそこに居たくなるものです。
この原理を応用して、「煩わしさ」を感じずに自然と住人が出会うコモンスペース(共有空間)を計画するために、私は次の4つのポイントを満たすようにしています。
「1.生活の導線上にあること」
「2.気持ちがいいこと」
「3.どの部屋からも風景として見えること」
「4.個人の生活の拡張領域として使えること」の4点です。
生活の導線上にコモンスペースを位置づけ、そこを気持ちのいい場にすれば人は自然とそこに滞留するようになります。そして、その様子が部屋から見えていて何か楽しいそうなことが感じられれば、その風景が情報となって人が集まり、コミュニケーションが生まれます。そして更に、そのコモンスペースを個々人が自分の生活領域として「暮らし」を拡張して使えるようにデザインします。そのことで日常的にそこは使われるようになります。
これらの4つのポイントは「煩わしさ」を感じさせずに「コミュニティ」が醸成される仕掛けとなっています。それはコモンスペースを「みんなと一緒に使うもの」だと設定していないからです。個々人が思い思いにそこを使いあう。たまたま同じタイミングで他の人もそこを使っていれば、出会いが生まれ、その結果として人間関係が生まれるわけです。
こうして醸成されたコミュニティが「みどり」の環境を管理する担い手となり、豊かな「環境」が育まれる。そして、その豊かな「環境」が人を自然と出会わせて「コミュニティ」を醸成する。こうした好循環を生み出すことが豊かな「みどり」の環境を活かす上で重要だと思っています。
■関係性が好循環を作り出していく
※緑化され生活の場として活用されている屋上
――「コミュニティ」の力で豊かな「みどり」が守られ、それが住環境の豊かさとして住民に還元されているというお話しですが、このような好循環がどのように生み出されるのか詳しく教えてください。
好循環を生み出している本質は「関係性」だと思います。
環境工学の分野では建物内の熱環境をデザインする手法として、「アクティブデザイン」と「パッシブデザイン」という2つの分類があります。「アクティブデザイン」では熱環境を機械的にコントロールする手法で、これが現代の建築の主流となっています。この手法では、機械の効率を上げるために断熱の技術により外部環境との「関係性」を断つようにすることが一般的です。
一方で、「パッシブデザイン」は建物の周囲の「環境」との「関係性」を活かして熱環境を整える手法です。たとえば、アスファルトに囲まれた建物は夏場異常なほど暑くなりますが、豊かな「みどり」に囲まれた建物は圧倒的に涼しくなります。「パッシブデザイン」ではこうした周囲の「環境」との「関係性」をデザインするわけです。
※快適な室内気候をつくり出すようにデザインされたみどり環境
上のイラストは「経堂の杜」における「パッシブデザイン」の考え方を表したものです。外の「環境」はすべての住人にとって共有の空調装置のようなもので、外の「環境」が豊かであればあるほど個々人が室内で感じる「快適さ」は高まりますから、だれもが「自分ごと」として「みどり」の環境を大切に育もうとするわけです。こうして「環境」と「人」との好循環が生まれるのです。
そして、快適性を得るために、各住人は共有の「環境」との「関係性」を日常的に保つことになります。その結果「環境」を媒介として住人同士の「関係」が醸成されます。そうして醸成された「コミュニティ」が「環境」の保全に作用し、好循環は回り続けることになります。
■現代の暮らしが浮き彫りにする課題
――これまでの活動の中で課題に感じたようなことがあれば教えてください。
私たちが自分の「暮らしの場」を選んだり作ろうとする場合、その選択肢は予め企業によってお膳立てされていて、そうして用意されている「暮らしのカタチ」によって私たちの「みどり」の環境に対する「関り」は制限されているように感じています。
たとえば、ディベロッパーが企画したマンションのコモンスペースについて考えてみましょう。そのコモンスペースは、「経堂の杜」と同じようにマンション住人が自分の生活を外へ拡張する場として自由に活用することができるでしょうか。たとえば、そのコモンスペースでBBQをしたり、犬を走らせたりすることができるでしょうか。おそらくそうしたことはトラブルを未然に防ぐために予め禁止されていて自由に使用できないはずです。これでは、先に説明したような、「みどり」の環境を「自分のため」の空間と位置づけることで生まれる「環境」と「住人」との「好循環」は生まれません。
ディベロッパーがマンションを企画し販売する場合、顧客を獲得するために当然魅力的なランドスケープをデザインするわけですが、トラブルの発生はリスクであり損益ですから、リスクは周到に回避されるように計画されます。豊かな「みどり」の環境は住人が眺める分には問題はありませんが、極端にいうと住人に使ってもらわない方がリスクは減らせるわけです。
――こうした一般のマンションと「経堂の杜」とは何が違うのでしょうか。
私は、「暮らしの場」に対する「主体」の存在に違いがあると思っています。
一般のマンションでは、ディベロッパーに入居後のトラブルに対する責任があります。その責任が、住人の「みどり」の環境に対する「関り」を制限しています。それに対して「経堂の杜」では住人が「主体」となって、自分たちで「環境」を整え、自分たちで「環境」を使いこなしていますので、制限は生まれません。
都市に豊かな「みどり」の環境が増えていかないのは、「住人主体」による「暮らしの場」を選ぶ機会がないからだと思います。
全てがお膳立てされた魅力的な住まいが日々販売されていますが、そうした住まいを購入すると、私たちは気が付かないうちに外環境に対して閉じたライフスタイルを好むようになり、他者との出会いの機会がなくなり、いつの間にか孤立してしまっている。このように、私たちの「暮らし」は住まいを選択する場面で規定されてしまっているのだと思います。
「暮らしの場」において「主体」を作用させることは、暮らしに創造性を生み出し、ひいては「幸せ」を生み出すことにつながります。「暮らしの場」に「主体」を向かい合わせ、私たちの「幸福感」と結びついた「環境」を創造することが、都市に豊かな「みどり」の環境を取り戻す上で最も重要なことだと思います。
※屋上では住人同士が協力し合って養蜂を楽しんでいる
※住人によって管理された庭