大日本印刷株式会社の取組

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 大日本印刷株式会社は、本社がある新宿区市谷地区に、かつての武蔵野の雑木林を再現した「市谷の杜」を企業緑地として創出しています。2015年に最初のエリアが誕生してから段階的に範囲を広げ、現在は総敷地面積の約3割に当たる15,000㎡が完成しています。
今回は都市部にありながら自然を感じられる場所として地域住民や社員に親しまれている「市谷の杜」を訪問し、日常的な観察や維持管理に取り組んでいる鈴木さんと上條さんにお話を伺いました。

■「市谷らしさ」と「大日本印刷らしさ」が重なり合って生まれた市谷の杜。
―貴社が市谷の杜を創出した経緯について教えてください。

大日本印刷は今年2026年に創業150周年を迎えますが、1886年に市谷地区に工場を開設して以来、140年近くにわたり、周辺の環境整備に努めながら事業活動を続けてきました。長年この地で活動してきたからこそ、「市谷らしい緑地にしたい」という経営層の熱い想いがあり、市谷地区の再開発に伴い「都市における新しい森づくり」を計画しました。
森づくりにおいて大切にしたのは「昔ながらの武蔵野の雑木林」というコンセプトです。このコンセプトに基づき、かつてこの地に自生していた地域固有の在来種だけを植えることで、できるだけ市谷ならではの自然に近い森を目指しています。また、樹木が根を張れる豊かな土壌を作るため、人工地盤上の土を、人工軽量土ではなく自然の土としています。他の企業の方がこの緑地を訪れた際に、軽量土でなく自然の土を使っていることに驚かれることもあります。

―現在は総敷地面積の約3割に当たる15,000㎡を緑化されていますが、どのように管理しているのでしょうか。

日常的な管理は、本社の総務部に所属する社員が中心となって行っています。一般的に、緑化エリアの管理は造園会社へ委託することが多いと思いますが、市谷の杜では社員自らが管理するという大日本印刷らしさを一貫して大切にしています。

―現在、緑地管理において直面している課題はありますか。

これまで関東で当たり前に育ってきた樹木が夏の熱射や冬の乾燥といった気候変動によって変わりつつあると感じています。例えば2025年は、一部でエゴノキの枯れが生じました。今後は、より温暖な地域に適応している種へ段階的にシフトしていく必要が生じるかもしれません。これまでの常識が通用しなくなる中で、管理のあり方を見直す必要性を感じています。

―「人」の面での課題についてはいかがですか。

「想いの継承」が大きな課題です。当初のコンセプトは、Webサイトなどに理念として残していますが、世代が交代していく中で、当時の熱量や細かなニュアンスをどう繋いでいくか。日々の管理は継続できていても、その背景にある「なぜそうするのか」という文脈まで共有し続けることの難しさを感じています。

―管理において、社員間でのノウハウの共有をどのようにして行っているのでしょうか。

2015年当初から、担当社員で「気づき日記」というものをずっと書き続けています。当初は「花が咲いた」「蝶が来た」といったシンプルな記録が中心でしたが、10年以上の月日を経て、今では草花の名前はもちろん「いつ・どこで・何が起き、どう対処したか」を詳細に記せるようになりました。この記録の蓄積により、適切な除草の判断や、稀に発生する害虫への原因究明も、自分たちで行えるようになりました。一歩ずつ知見を積み重ね、社員主体で管理できるまでに成長できたことは、この日記を続けてきた大きな成果だと感じています。

 

■「武蔵野の記憶」が息づく森へ。10年の歳月が運んできた予期せぬ贈り物。
―最初のエリアの完成から10年が経ち、植生に変化はありましたか?

タラノキやフキノトウ、クサギをはじめ、当初植栽しなかった様々な植物の自生が確認され、より自然な森へと進化しています。これらは私たちが意図したものではなく、根鉢についていたり、鳥が運んできたりした種子が、この地で芽吹き、育ったものだと思います。当初から武蔵野の雑木林というコンセプトを掲げ、強いこだわりを持って環境づくりに取り組んできた成果だと感じました。

―緑地のメンテナンスで、特に意識されていることはありますか?

緑地管理に関しては、特に資源循環を意識しています。落ち葉や小枝を緑地内のコンポストに集め、少し時間はかかりますが、じっくりと堆肥に変えています。土から生まれたものを、また土へ。その循環を、自分たちの手で作り上げたいと考えています。
また、自生したばかりの実生の木を見つけた際は、それが将来どう育つかを見極め、必要に応じて最適な移植先を検討しています。移植した後は、マーキングを施して記録に残します。この小さな積み重ねが、数年後の豊かな景観を作ると思っています。

 

―市谷の杜は、生き物だけでなく、地域の方々にとっても大切な憩いの場になっているようですね。

散策路など一般に開放しているエリアには、毎日多くの方々が訪れてくれています。特に目立つのは、近隣の保育園や幼稚園の子どもたちですね。先生方に引率されて、たくさんの元気な子どもたちがこの杜に遊びに来てくれます。通りがかりに「いつも綺麗にしてくれてありがとう」と声をかけてくださったり、「使わせてもらってありがとう」と感謝の言葉をいただいたり。そうした声をいただくからこそ、私たちもこの杜を守り続けていく意義を強く実感できるのだと思います。

―オフィス街や住宅地が共存している市谷にある企業緑地として、運営面で最も心がけている点はどこでしょうか?

何よりも「安全性」です。ここは企業が管理する緑地ですが、周辺は閑静な住宅街。近隣の方々がすぐそばで生活されていますから、安全への配慮は最優先事項です。定期的な見回りを実施していますが、それだけで地域の皆様の不安を完全に拭い去れるわけではありませんので、常に緊張感を持って、安心できる環境づくりに取り組んでいます。

―環境づくりといえば、「あえて設置しなかったもの」も多いと伺いました。

「自然の森にベンチはないよね」という考えから、散策路に休憩用のベンチは置いていません。何かを付け加えるのではなく、あえて作らないことも大切にしています。なによりも安全であること。それが企業緑地としての責任であり、私たちが目指す企業緑地あり方だと考えています。

 

■50年先、100年先もずっと愛され続ける杜へ。
―今後の展望、そして次のステップについて教えてください。

当初の計画では20,000㎡という広大な緑地を目指しており、これから手掛けるエリアも残っています。この未着手の部分を、一貫したコンセプトを保ちつつ、どう形にしていくか。それが、今の最大の悩みであり、やりがいです。

―最後に、緑地を管理・運営していく上で、最も大切にしていることは何でしょうか。

社員がどれだけその緑地を見ているか。これに尽きると思っています。自分たちの会社の緑地ですから、誰よりも、外部の専門家よりも、私たち社員が一番詳しくありたい。それが、市谷の杜を維持していく私たち社員の特徴であり、誇りでもあります。
また、自分たちの手で触れ、観察し続けることが、当初の想いを途切れさせないことにつながると考えています。もちろん、プロの力を借りる場面はありますが、基本のお世話を自分たちでやるからこそ、木々のちょっとした変化に気づける。そこが一番良かったと感じているポイントです。

―他の企業へ、緑地活用のヒントを伝えるとしたら?

もし、他の企業さんが自分たちで緑地をつくられるなら、ぜひ「自分たちが一番のお世話係」になってほしいと伝えたいです。自分たちの手で慈しみ、育て、地域の皆さんにも愛でていただき関わっていく。そのプロセスこそが、緑地を単なる敷地ではなく、企業文化を象徴する生きた資産に変えてくれるはずです。

 

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記事ID:021-001-20260325-016250